神の城
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若

Author:若
神の城、主の『若』です。
主従とは何かを模索する日々。
冠は王の証
*当ブログはアダルトな内容が含まれます。18歳未満の奴隷はお断りしています。

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2018/04/05
category - 絶対服従
コメント - 0
                         
奴隷だから こうしなければならない


奴隷として こう在るべきだ


奴隷なのに こんなことをして良いのか


まず第一に 世間一般で言われている”奴隷とは” は何の意味も持たない


主が違えば ”奴隷とは”は自ずと違ってくる


大切なことは 目の前の主をきちんと見ることだ

そこに 世間の声が介入する余地はない


そしてこの解決策は 簡単なことだ

貴女が ”奴隷だから””奴隷として””奴隷なのに”と考えるときに


”ご主人様の”を付ければいい

声に出して言う必要も

文章として書く必要もない


貴女の心の中で ”ご主人様の”奴隷 と思えばいい


自分がいったい誰の奴隷なのかをしっかりと考えなさい


他ならぬ”ご主人様の”奴隷であるならば


”ご主人様の”奴隷だから こうしなければならない


”ご主人様の”奴隷として こう在るべきだ


”ご主人様の”奴隷なのに こんなことをして良いのか



こうして考えることによって 答えは見えてくる

意識も変わる

何をすればいいのかがわかる



いつも心に”ご主人様の”を持ちなさい

                
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同じような相談が多すぎる

2018/03/28
category - 絶対服従
コメント - 1
                         
SMをする間柄だからといって 主従関係を結ぶ必要はない


Sだからといって 必ずしも主ではない


Mだからといって 必ずしも奴隷ではない


SM=主従 S=主 M=奴隷

これは成り立たない


主従やご主人様 奴隷といったものに違和感があるのなら

求められたからといって そうなる必要はない


きちんとした一人前の大人であるならば そこは自分自身で決めることだろう



また

惚れた者の弱みに付け込むようなことはあってはならない

惚れた弱みに付け込まれてはいけない


その延長線上に待っているものは ただの”都合のいい女”だ


”都合のいい女”に幸せは待っていない


自ら不幸へと飛び込む必要はない




あまりにも同じような相談が多かったので記事にした

そして同じような境遇にいて私のもとへ相談をしてくる者はまだまだ氷山の一角だろう

コメントでも良い 鍵を付けることで私にしかわからない様にコメントすることができる

メールでも Twitterのメッセージ機能でも良い


こういった事は中々周りに相談できるような話ではないだろう

だからこそ 一人で抱え込み悩んでいる者が多い

こういった匿名で話せる環境を是非とも有効に活用して欲しい
                
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最近驚いたこと

2018/03/12
category - 絶対服従
コメント - 2
                         
最近 久しぶりに電車に乗って驚いたことがある


皆スマートフォンを見ている

LINEで連絡を取り合っているのか

SNSを見ているのか

ゲームをしているのか

ネットを見ているのか

漫画を読んでいるのか・・・・・・


私が学生の頃には本を読んでいる人が居たが

今ではそんな人はほとんどいないようだ


時代だと一言で切り捨ててしまえばそれまでなのだろうが


スマートフォンは確かに貴女の生活を便利にはするが

貴女の人生を決して豊かにはしてくれない


スマートフォン一つあれば何だって調べる事が出来る

電波の繋がる場所にいる限り

スマートフォンさえあれば貴女の知識は無限だ

調べれば何だって教えてくれる

言葉の壁だって感じないだろう


しかし 貴女が調べる言葉は貴女が実際に見聞きした情報のみだということを知っていただろうか?


見たことも聞いたこともないものはそもそも調べようがない


だからこそ 本を読むべきなのだ

本は知識を得られる

確かにそれもあるが 知識なんてものは今や調べればモノの数秒で手に入る時代だ

知識を増やすためというよりかはむしろ

見聞を広げることに本の意味がある


本を読むと 自分が体験したこともない事や

全く知らない業界のこと

自分とは真反対の考え方を持った人の意見と触れ合える


こういった事柄と触れ合う為には

本来旅をして自分で足を運ぶか 講演を聞きに行くか

全く知らない人と会話をしたりしなければ得られないものである


本来は時間とお金をかなり使わなければ知りえない事を千円前後で本は教えてくれる



あれ?それじゃやっぱりスマートフォンで事足りると思っただろうか?


様々な人の意見など ネットにいくらでも転がっているし

本なら電子書籍で読めると・・・


まず ネットでは自分の興味のあるページへしかアクセスしないだろう

ネットは自分の知っている事 興味のある事からの派生場所へはたどり着くが

知りもしない全く未知の世界へは連れて行ってくれない


そして ネットは全てが並列して存在している

全てが一つの画面上に表示される

これが厄介である


本ならば1ページ目から始まり

その後続いていく

ネットが画面という横にしかないのに対し

本には縦がある

本を読んで内容を覚える時

空間で記憶できる この差が大きい


表紙を上にして本を置いた時

だいたいどの辺りにどんなことが書いてあったのか覚えているものである

もちろんこれは私のような平凡な脳を持った人間の記憶力の話なので

電子書籍で読んでも覚えていられるという人もいるのかもしれないが

少なくとも私の周りにはそのような秀でた脳を持った人間はいない



スマートフォンは その場限りの魔法が使える

ゲームで暇を潰すことも出来るし

10年以上会っていない友人が今どこで何をしているのかもSNSを見れば知ることが出来る

知らないことや気になることと出会った時にはすぐに調べる事が出来る


しかし それらの情報は明日の自分にはほとんど役に立ってはくれない


スマートフォンを眺める時間を ほかならない貴女自身のために

少しでも本に回してあげて欲しい
                
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灯台

2018/03/05
category - 絶対服従
コメント - 0
                         
居場所がないのなら 私の元へ来なさい



生きる理由がないのなら 私のために生きなさい



辛いことしかないのなら 今いる場所から逃げ出したって構わない



人一人の人生を預かるのだから そんな無責任なことでどうする


私が黒だと言えば 奴隷にとって牛乳は黒になる

それだけの影響力があるということを理解しなければならない


信じて付いて来てくれる者のため

私は絶対でありたいと思う


もちろん私だって間違いもする

それでも やはり 

奴隷を導く灯台として

方向を知らせる存在として

正しい方へ


正しい方へと

私自身が立っていなければならない


奴隷を迷子にするわけにはいかない
                
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SMは信頼関係が大切

2018/03/01
category - 絶対服従
コメント - 0
                         
SMは信頼関係が大切だと よく言われる


信頼関係という言葉はなるほど便利な言葉だ


では 信頼関係とはどうやって築くものなのか?

そもそも 信頼とはなんなのか?

信じてたよること。たよりにできるとして信ずること。




相手のことをよく知る

そのために 様々なことを会話やメールを通じて話し合う


相手のことを知るということも確かに信頼関係を築く一つの要素ではあるのだろう


しかしやはり 読んで字のごとく

相手を信じること

これが一番大事なのではないかと思う

まずは自分が相手を信じてみる


どうだろうか? 相手を疑ってばかりいないだろうか?

一度思い返して欲しい

疑うという行為は ”信頼”から最も遠い行為だ

それは 相手からの信頼を裏切ることでもある


確かに世知辛い世の中になった

信じてばかりいては騙されることもあるだろう

正直者がバカを見る世界だ


それでもやはり

この人と決めた人のことぐらいは なりふり構わず

純真で信じて欲しい


SMだけに限った話ではない

信じることは 生きる上で大事なことだ

疑ってばかりいる人生 なんて寂しいものだろうか


疑っていると それは相手に伝わる

疑われていると 当然いい気分はしないものである


それがどうだろう?

自分のことを信じてくれている人には それ相応の恩を返すし

また 自分も相手のことを信じようとはならないだろうか?

これが信頼関係の好循環を生むのである


そして最後に 自分自身を信じてあげなさい

自分のことを信じている人 というのは意外にも少ない

そんな寂しいことはない

自分で自分を信じられない人が どうして他人に信じてもらえるのだろうか?


それでもやはり 言われてすぐには無理だと言うのだろう

焦る必要はない

自分のことを信じられるように ゆっくりと 貴女のペースで

いきなり大きな問題を解こうとするから難解になり 諦めてしまう

自分が何故 自分のことを信じられないのか 細かく分けて考えてみる

そうすると 一つ一つの原因は案外大したことのないものが多い

それを一つずつ解消していくことで いずれ自分自身のことも信じることが出来るようになる日が来る



信じる者は救われる とはキリストの教えだが

本来の宗教的な意味からは全くそれる が 

全くもって言葉の通りではないかと思う
                
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